【サイバーセキュリティ】
ツール導入の盲点:ゼロトラスト対策が「形骸化」する罠――
運用期に潜む『人のリスク』とは
<サマリー>
✓ ゼロトラスト対策による「利便性の低下」が、現場の隠れたルール違反(シャドーIT)を誘発する
✓ 多要素認証への油断や管理者の設定ミスなど、運用期にはシステムで防げない「人のリスク」が顕在化する
✓ 高度な仕組みを最大限に機能させるために、いま組織に求められる真の防御アプローチ
<目次>
昨今のIT環境において、新たな安全基準として急速に導入が進んでいる「ゼロトラスト」。
これは、従来の「社内ネットワークは安全」という境界型の考え方を捨て、「あらゆるアクセスを信用せず、常に厳格に検証する」という新しいセキュリティ対策の思想です。テレワークやクラウド利用が当たり前となった現代において、企業の機密情報を守るためには避けて通れない潮流となっています。
これまでの対策は「会社という『城』の中にいれば安全」という守り方でした。しかし、城の外で働くのが当たり前になった現代では、その城壁は通用しません。代わりに、どこからのアクセスでもホテルのオートロックのように毎回厳格にチェックしよう、というのがゼロトラストの本質です。
これにより、多くの企業がゼロトラスト対策として、認証を強化するシステムや最新のセキュリティツールを導入し始めています。しかし、システムをガチガチに固めたはずの組織で、「なぜかリスクが減らない」「現場の運用が回らない」と頭を抱えるケースが後を絶ちません。
本コラムでは、ゼロトラストの基本的な仕組みを踏まえつつ、セキュリティ対策のプロの視点から、運用期に陥りがちな「現場の落とし穴」とそれを打破するための真の防御アプローチを紐解きます。
ゼロトラスト対策を構成する「主要な要素」とは
一般的に、企業が本質的なゼロトラスト環境を構築する際には、以下のような複数のセキュリティソリューションを組み合わせてIT環境を強固にします。
- アイデンティティ(ID)対策: 多要素認証(MFA)やシングルサインオン(SSO)による厳格な本人確認
- デバイス(エンドポイント)対策: 端末の安全性を常時監視するEDRの導入や、MDM(モバイルデバイス管理)による統制
- ネットワーク・クラウド対策: 通信を可視化・制御するセキュアウェブゲートウェイ(SWG)やアクセス制限の強化
これらのツールを適切に連携させることで、外部からの不正アクセスやなりすまし、情報の不正持ち出しを防ぐ強固な防壁が完成します。
ツール導入だけでは防げない「シャドーIT」への根本対策
利便性の低下が招く「シャドーIT」の落とし穴
しかし、これらの技術的なゼロトラスト対策を強めれば強めるほど、現場の利便性が低下するという「副作用」が生まれます。
業務中に何度も求められる認証の手間や、厳格なアクセス制限によって業務のスピードが落ちると、従業員は効率を優先して本能的に抜け道を探そうとします。例えば、会社の許可を得ていない個人用クラウドサービスにデータを保存したり、私物のチャットツールや未許可の生成AIツールに機密情報を入力して業務を行ったりしてしまう。これが、「シャドーIT」です。
どれほど数億円の最新ツールを構築しても、従業員がその“外側”のプライベートな環境で重要な業務を行ってしまえば、システムによる検知も防御も一切機能しなくなります。そしてサイバー攻撃者は、ガードの固い社内システムではなく、この無防備な“外側の環境”を最初の標的として狙いを定めます。
システムへの不満が結果として最大のセキュリティホールを生み出し、すべての防衛策を無意味化させてしまうのです。
シャドーIT対策を成功に導く「3つのアプローチ」
一般的に、企業のガバナンスを維持するための「シャドーIT対策」には、以下の3つのアプローチが不可欠だと言われています。
- 技術的対策: 未許可のクラウド利用やデバイスの接続を監視・遮断するシステムの導入
- 組織的対策: 利用可能なSaaSやツールの申請・許可基準を定めた「ガイドライン」の策定
- 人的対策: 従業員の無自覚な行動に対する継続的な啓発
どれほど高度な監視システムを導入し、厳格なガイドラインを整備しても、それを扱う現場の意識が低ければルールは必ず形骸化します。ツールやルールを本当の意味で機能させ、シャドーIT対策を根本から成功させるためには、3つ目の「人的対策」(従業員への教育)の徹底こそが重要な鍵となります。
運用の形骸化を防ぐ!現場の油断や設定ミスを乗り越える「人的な対策」
さらに、ゼロトラスト環境の運用期には、従業員やシステム担当者といった「人」の隙を突く新たな脅威が顕在化します。
実際に、IPA(情報処理推進機構)が発表している『情報セキュリティ10大脅威』では、「内部不正による情報漏洩」や「不注意による情報漏洩」が毎年ランクインしています。システムだけで防ぎきれない「人」に起因するリスクは、組織にとって大きな懸念事項となっているのです。
※参考資料
IPA 独立行政法人 情報処理推進機構「情報セキュリティ10大脅威」
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/index.html
ゼロトラスト環境下において、特に注意すべき3つの脅威と、それらに対する人的対策を見ていきましょう。
① 多要素認証(MFA)を悪用した心理戦への対策
日常的に認証要求が多くなると、従業員の間に慣れと油断が生まれます。攻撃者がこれを利用し、大量の不正ログイン要求を送りつける「多要素認証疲労攻撃」を仕掛けてきた際、中身を深く確認せずにスマホの「承認」ボタンを押してしまうミスが多発しています。システムを疑うのと同様に、従業員自身の「立ち止まって確認する意識」を育てる対策が必要です。
②「システムへの過信」という罠への対策
最新の対策ツールを導入した安心感から、従業員の間で「システムが守ってくれているから大丈夫」という油断が生まれ、不審なメールや挙動に対する警戒心が薄れてしまうリスクです。
③ クラウド運用の複雑化に伴う「設定ミス(ヒューマンエラー)」への対策
ゼロトラスト環境では、複数のSaaSやクラウドサービス(AWS、Azure、Google Cloudなど)を連携させ、それぞれに細かなアクセス制御ポリシーを設定する必要があります。これらが複雑化しすぎると、今度は運用するシステム担当者側のキャパシティを超え、ストレージの公開設定を誤ったり、不要な権限を残したまま放置してしまったりする管理プロセスの不備(人間側のミス)が生じやすくなります。
まとめ:運用を形骸化させず、強固なセキュリティ基盤を維持するために
ゼロトラスト対策の成否を決めるのは、システムのスペックだけではありません。「それを扱う現場の人間が、高い意識を持って正しく運用できているか」という組織文化の醸成です。
高度なアクセス制御やEDRの配備はあくまでスタートライン。現場の利便性とのバランスをとりながら、システムが検知しきれない「わずかな違和感」に気づいて組織全体を守れるか。真のゼロトラスト・セキュリティ対策は、どこまでいっても現場で動く「人」への投資にかかっているのです。
机上の空論や形式的な座学で終わらせず、実際の脅威をシミュレーションしながら「現場で正しく判断できる実践力」を養うこと。それこそが、テクノロジーの限界を補うために今、最も求められているアプローチです。
まずは自社の従業員や運用担当者が、ゼロトラスト環境下におけるリスクをどれだけ正しく認識できているか、現在の教育体制の課題を可視化することから始めてみませんか?
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<この記事の監修者>
株式会社アイティフォー 通信システム事業部 セキュリティソリューション担当
通信キャリア、コンタクトセンター、ネットワーク、セキュリティ基盤などの領域において、企業・自治体・地域金融機関向けのシステム提案・導入支援を行っています。
公開日:2026年7月30日
最終更新日:2026年7月30日